山と自然のエッセイ、見沼田んぼに本格的に春が訪れました。

3月12日、ここ2,3日朝のウオォー-キングを行っていなかったことと桃の花の開花が気になって、朝食後家内を誘って見沼田んぼを散策しました。
朝は北風が吹いていて散策日和ではなかったのですが、それも直ぐ止んで、土手の上を歩く頃にはほぼ無風になりました。冬と違って春は、風でも気温でも変化が激しくそれが単調な冬の日と大違いな春の魅力です。

あと1か月たてば、この土手も菜の花が咲き出し一面黄色の世界に変わります。それが2か月経つと草丈は肩まで生茂り、この土手は通行不能になるのです。

今年の梅は2月に筑波山や日和田山で梅を眺めたので、見沼の白梅の鑑賞は疎かにしていました。訪れてみると白梅は盛りを過ぎていました。
しかし桃は8分咲きで十分楽しむことができました。あとは気に入っている辛夷の三兄弟を鑑賞すれば桜の季節は直ぐです。

我が家の薔薇の芽吹き、梅、桃、辛夷、桜、新緑、そしてそれが終わると薔薇の季節と仲間のオープンガーデンが始まります。さらに北国に旅に出て再び新緑を味わい、総決算として樹々、花、昆虫、鳥、小動物の短い命の祭典が繰り広げられる高山の夏山になります。

江碧にして鳥愈々白く山青くして花燃えんと欲す・・・。春の川を見るといつもこの詩が頭に浮かびます。
高校に入学後、国語の授業で初めて漢文の教科書にこの杜甫の詩がありました。まだ高校入学したてでしたから向学心に燃えており、十八史略とともに読んで暗記したものです。
しかし6月になると入学直後の向学心は直ぐ無くなり、興味は勉学よりクラブ活動やクラスメイトたちとの楽しい高校生活に変わって行きました。

今でも歴史小説を読むと、江戸時代まで人々は学問を学ぶ事は四書五経を学ぶことで、それも頭で理解することより、韻を踏んで声に出して詠み身体で覚えたようです。
やがて明治になり書き言葉と話し言葉を一致させる言文一致運動が始まり、漢語や和漢混交文など格調高い文語体平易な口語体に代わって行き、なにやら日本人全体の人格が格調低くなってしまったような気がしないでもありません。

もともと原始日本社会は文字を持たず口語のみでしたが、江戸時代まで、ヨーロッパ地中海文明と並ぶ中国文明の影響を受けて漢字圏文化の中で過ごし、明治に入りラテン語の地中海文明の周辺にあった英米仏独の西欧文明を取り入れ近代化作業を行いました。従って私たちは地中海文明と中国文明の2つの潮流を受け、その中で生きているのです。

春の日差しを浴びながら河の畔を散策すると、目にする樹々や草など、すっかり我が風土に土着して、古来からそこかしこに存在していたと錯覚に陥りますが、多くは東アジア原産ですが、それだけでなくそれぞれ原産地が異なる植物が混在しています。思い出すと私が結婚して家庭を持った頃には食卓に無かった植物がたくさんあります。思いつくままに列記すると代表はレタス、ブロッコリー、バジル、ルッコラ、エリンギ、アボガド、パブリカ、アスパラガス、果物ではキュゥイフルーツ、ブルーベリー、などなど。

サンシュユ(ミズキ科)

株立ちで幅が広がるため庭木としてあまり人気がありませんが、発色が良いので春の花木としては出色です。

紫木蓮

木蓮は圧倒的に白木蓮が多いですが、紫木蓮も中々の雰囲気があります。まだ3分咲きです。

緑萼梅(りょくがくばい)

大好きな梅です。今年は満開に間に合いませんでした。

白梅春日

わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも 「梅花の宴の歌」大伴旅人

白梅はどうしてこんなに雰囲気があるのでしょうか。

桜、江戸彼岸

今まわりは染井吉野だらけです。もう少しエドヒガンが多ければと想います。

同じく江戸彼岸

桃畑

桃は開花期間が短く満開時に出会うことは努力が必要です。今は8分咲きです。

ほぼ満開の桃

再び満開のサンシュユ