山と自然のエッセイ、春爛漫桜の季節

ロングトレイルのお薦め

先進文明国と我が国と比較して一番劣るもの、それはロングトレイルの概念です。
文明が未発達の時は、道路は機械で走る自動車が偉い存在で、道路は車道と歩道が分かれていなく自動車が優先で人間が車を避けて通りました。

私が30初めの時、ある外国に行った時、舗装していない小雨が降る田舎道を大型バスに乗っていた際、前方に傘をさして歩く小学生の一団が歩いているのが見えました。その時バスは減速するかと想っていたらスピードを落とすことなく走り、小学生たちは水たまりの水を頭から被りました。バスの車窓から小学生たちの貌を見ましたが、皆怒っている風でもなくいつもあることのようなあたりまえの表情をしていました。
当時日本では舗装していない道はなくなり、ようやく人間が車より上位に来つつある時代だったので、このことが今でも強い印象に残っています。これ以来近代文明とはいったいどういうことか、考えることが度々ありました。それからずっと後になって登山を再開したのもガーデニングや薔薇に傾注したのも、私自身の文明化の結論だったのかも知れません。

ロングトレイルの思想は、人間が車より上位に位置する思想だけでなく、産業革命以来人力が機械に移し替えてきた時代が近代化社会と言えるのなら、経済効率でなく再び人間が主でたまには肉体を使用して自然豊かな環境の中長距離を移動して、心健やかになり豊かな未来社会を築くための1つの象徴といえるのでしょうか。

数年前、毎年夏に北アルプスの新穂高温泉から鏡平山荘を起点として黒部五郎岳や笠ヶ岳を縦走を5年程連続で行って来ました。帰途は新穂高温泉から飛騨側の平湯に泊まり、安房トンネルから信州側の松本に出て中央線で帰りましたが、平湯のバス停でいつも個人旅行のヨーロッパの中高年の人たちが大きなザックを足元に置いて、バスを待っている光景に出会いました。この当時は昨今のインバウンドブームが来る前でしたので、上高地だったら分かりますが、なぜ飛騨の山深い平湯に団体でもない大勢の外国人の人たちがバスを待っているのか不思議に想い質問したことがありました。彼ら彼女らはドイツ人やオランダ人で高山の街を楽しんで奥飛騨温泉に泊まりバスで木曽に行き、古い宿場に泊まりながら木曽路を歩くのだと言う。ドイツには古い街道はいくらでもあるのになぜ日本の木曽路を歩くのか不思議に想いましたが、考えてみれば小さな峠越えしながら、車道とは別に江戸時代の主要5街道の道がそのまま残っているのは、木曽路しかありません。彼らは古い歴史遺産そのもののたたずまいを体験したくて、木曽のロングトレイルを歩こうとわざわざ来ていることが分かりました。
このことがあってから先進文明国の人々がなぜ木曽のロングトレイルを歩きに来ているのか考えてみました。
古い道だったらヨーロッパにいくらでもあるため、わざわざ日本の木曽を歩く理由は、古き良き文化を味わい回顧する意味でなく、同じ先進文明国の日本の古い文化が今でも現実に生き続けている場所を頭と肉体を駆使して体験することによって、自分たち先進文明国において自分たちの未来の生き方を模索しようとする行為なのではないかなと想いました。

平湯のバスターミナル。

私の旧街道峠越トレイル

登山も60年続けて来ると未知の山は無くなり、どんな山の景色もいつか見た景色に変わってしまいます。ということで山の会同期の仲間と山行の合間にロングトレイルではありませんが、旧街道の歴史的な峠越を行いました。
もちろんこれら古い歴史的な峠道は途中までは自動車道を歩き、最後の峠は自動車道はトンネルになったり大きく迂回した場所に自動車道が建設されたりしています。これらの旧街道の峠越えはキチンと道路が整備しているわけでなく、ロングトレイルの概念からは、あくまで我が国の国情である車優先の状態で、世界に冠たる文明先進国と言えない状況です。

10年、旧中山道和田峠越、塩尻峠越、12年、飛騨街道野麦峠越、13年羽州街道奥の細道山刀伐峠越、13年旧中山道碓氷峠越、19年古代幹線東山道保福寺峠越

旧中山道和田峠の道。山道を通って高速料金をカットしようとする大型トラックが疾走する国道では、人が歩いているわけが無いと確信しているドライバーによって、交通事故の身の危険を感じ、木の枝を振り回しながら歩きます。土地の人は畑に行くのに歩いては怖くて行けないでしょう。

 

諏訪市内ではこんな中山道もありました。

今の私のロングトレイル見沼桜回廊

3月29日、日曜日、桜と晴が一致しない愚図ついた天気が続く中、久しぶりに晴れたので、桜回廊東縁にウォーキングに出かけました。
TVニュースでは連日各地の桜が満開になったとの報道が繰り返されていましたが、例年通リ雨天と花冷えが続いたため見沼桜回廊の満開には程遠く7分咲きから8分咲きでした。

見沼桜回廊の東縁は、同じさいたま市内ですが、広大な見沼田んぼを挟んでその両端の縁に東西に見沼用水が流れ、用水沿いに土手が築かれ桜回廊形成しています。
土手の桜回廊は人家の多い西縁と耕地が広がる東縁があり、それぞれ核心部には広大な斜面林が広がり、桜並木と斜面林と頭上で交差した美しい回廊を形成しています。

見沼用水沿いの斜面林は、暖温帯常緑広葉樹林帯に属している関東南部の太古からの植生のままに、鳥や自然落下による実生の種子が自然に成長し数百年から数千年も繰り返してきた樹木の歴史をみることができる首都圏でも貴重な遺産です。
私たちが山地で楽しむ杉林や里山の雑木林は5~60年の歴史しかない人手によって人工的に植林された二次林ですが、見沼用水ぞいの斜面林の主力はタブノキ、クスノキ、アカガシ、スダジイ、ムクノキなどの関東以西の自然な植生である暖温帯常緑広葉樹に覆われて、太古からの鎮守の森以外ではまとまってみることのできない樹々に溢れているのです。

見沼桜回廊東縁には埼玉緑のトラストによって保護されている美しい斜面林と桜を見ることができるのです。

京都一周トレイル

盆地の京都の町を取り囲む山々を1周するトレイルです。17年に桂離宮の脇から、僧兵の直訴の道で名高い雲母坂を登り、比叡山頂で宿泊し、翌日西塔、横川を辿り、台風被害で荒れた道を大原まで下りました。この道は我々が登山に慣れていたから倒木などものともせず行けましたが、経験の無い人だったら途方に暮れたでしょう。予想外に時間がかかったため三千院参拝は諦めました。



見沼桜回廊東縁入り口まで

JR東浦和駅から見沼桜回廊東縁に回廊は続いていますが、桜が少ないため、ショートカットし大崎植物園からスタートします。
といってもスタート地点まで路線バスを利用しましたが、バスの行先が複雑で逆方向に右折したため、次の停留所で降りて改めて徒歩で向かいました。

さいたま市立病院からJR東浦和までの桜回廊西縁は、この浦和美園行きの道路を横断します。今回はこの桜回廊を十字にクロスして東縁の桜回廊に向かいます。

浦和自動車教習所

私が自動車免許の書き換えの講習は、この浦和自動車教習所に来て行います。駐車場がないため皆さんバスで来ます。

大崎植物園をショートカット

大崎植物園は浦和ゴミ焼却場の隣にあります。この浦和ゴミ焼却場は庭の改造の際、ウッドデッキの廃材などでお世話になりました。ただ旧浦和市の時は空いていて待つことはありませんでしたが、合併してさいたま市になってから、自動車が列を作っていつも入場を待たされます。旧大宮市や急岩槻市など、便利で立地も良いさいたま市の施設になったため殺到しているのでしょう。浦和市立病院もさいいたま市立病院になってから完全な予約制になりました。浦和生まれのわたしとしては合併で旧浦和市民は随分損をしているように感じますが、そう感じるのは私の心が狭いせいでしょうか?

見沼東縁桜回廊スタート

東浦和駅からここまで桜回廊地図では桜回廊として続いているように表現されていますが、実際はサイクリングロードの見沼ヘルシーロードが整備されているだけで、桜回廊と言える程もありません。

、家を出てから路線バスを乗り継いで、ようやく目的の桜回廊に入りました。桜は6分咲き程度でしょうか。桜の眩しさは感じられません。

見沼大橋有料道路を潜る

私のロードバイクでの見沼西縁、東縁1週コースは約1時間ですが、この見沼大橋の料金箱に20円の回数券払って渡って東縁をスタートします。
今年は歳もとったため、転倒や衝突したら車いすの危険が生じたためロードバイクは分解して物置に鎮座してしまいました。家を出た時からペタリングを止めず走るのは気持ちが良いのですが、スピードが出るため若く無いと危険です。

傍らロードバイクが疾走して行きます。この人たちはランニングです。

このコースをロードバイクでいつも疾走している人と、たまに桜の季節だからやって来た人と直ぐ分かります。慣れた人は疾走していてもウォーキングの人に決して危険がないような走りをしており、また存在が分かるような微妙な合図を送っています。

遊歩道に入りました。

ここはバイクが滑らかに走らないようにわざとアスファルトで舗装せず敷石を敷いています。慣れたロードバイクの人は決してここには足を踏み入れず、車がスピードを上げて行きかう一般道を走行します。一般道はカーブもあり車も解放感でスピードをあげるため、ロードバイクも必死に走行します。

見沼用水の菜の花と斜面林との美しいコントラストです。

この斜面林は埼玉緑のトラスト第1号に認定されて活動を行っています。

ここはロードバイクでは足を踏み入れない道のため、ゆっくりと観察しながらウォーキングうぃます。まさにウォーキングの醍醐味です。

総持院

真言宗智山派阿日山総寺院です。戦国時代の1577年創建の古い寺院で牡丹寺とも言われ、牡丹で有名です。

鐘楼と山門が一体になった珍しい山門です。

地蔵菩薩がご本尊で、弘法大師像の背後は見沼田んぼの景観と桜並木が広がる美しい寺院です。

この辺りの桜は8分咲きで輝きにかけます。満開になると気の枝先がぼってりと丸くなり、下の道路にパラパラと花弁が広がります。

見沼自然公園の入り口

桜回廊の土手から降りて、見沼自然公園の中の道を辿ります。

見沼自然公園

桜が終わるとこの公園も燃えるような新緑に彩られます。

家族づれが公園の緑を楽しんでいます。

見沼弁財天

ここのベンチで昼食を採ります。ロードバイクの際もここで一呼吸採るおなじみの場所です。この辺りは江戸時代見沼田んぼ干拓の際完成した加田屋新田が広がっています。

桜回廊終点近く

桜回廊は駐車場が少なく、みなさん苦労しています。ここは土手の真下やあぜ道に止めています。

七里自然公園

本日の終点、東武野田線の七里自然公園に到着しました。ここから路線バスにのって西縁に向かいます。

七里自然公園は広く美しい公園です。やや人工的なにおいがするので見沼自然公園の方が人気があります。

桜回廊西縁

路線バスで西縁のバス停迄やってきました。

見沼ツーディウォーク

たまたま土手の菜の花を見ていたら大勢の人たちが歩いているのが見えました。近づいてみると28,29日に見沼ツーディウォーク参加の人たちです。係の人に伺うと土曜日には3千人を超える人たちが、それぞれ10K、20k。30Kコースに分かれて参加していたようです。

桜回廊夜桜

3月23日から1週間さいたま市立病院裏の桜回廊がライトアップされました。

桜は開花せず心配でしたが、3月28日の夜見た時はそれなりの夜桜が楽しめました。今年はキッチンカーが3台も出て盛況でした。

氷川女体神社まで桜回廊歩き

3月28日(土)桜回廊の桜が気になって家内と氷川女体神社まで散策に行きました。夜桜に供えて提灯をセットしています。

この時期咲くダイコンソウの紫です。

桜回廊の手入れをしている方にお話を伺いました。

さすが樹木の専門家で、樹々に関する造詣が深く、短い時間でしたがいろいろ教えていただきました。もう少しお聞きしたかったのですが、仕事のじゃまになるので諦めました。

緑と親しむ子供たち

手作りの最終箱を作成し、めいめい草花を採集しています。

タンポポやムスカリ、ニラバナなど大分集まりました。

幼児の頃から自然な美しいものに触れることは、その後の情操を大きく左右します。私が薔薇栽培に凝り出したのも、小学生時代授業で良く写生で見つめた緑の美しさの印象だと思っています。

氷川公園の桜も8分咲きになりました。

辛夷が好きです。木蓮と違って辛夷は山の木だからでしょうか。

氷川女体神社です。お詣りはこれからです。

遠いのでめったに来ませんが家内お気に入りの農家の野菜売り場です。今の季節は野菜の種類が少ないです。ただ落花生があったのであるだけ購入しました。

春の家庭菜園

花桃が満開になり土手が菜の花に覆われるようになると家庭菜園は本格的な春を迎えます。

スモモが花を付け始めました。

玉ねぎは順調に生育しています。今年はプラグ苗を購入して植えましたが初期生育が悪く、肥料やりで大きくなりました。

農協の売店で購入したもみ殻を撒き、堆肥と鶏糞を入れ苦土石灰を撒き土壌を作りました。今年もジャガイモは食べきれないので1キロだけ植えました。タマネギとジャガイモは長持ちするので有効ですが、サトイモは飽きたので植えませんが、以前植えたサトイモを掘り起こしながら
利用しています。

かって岩波新書の古典の京大の植物学者中尾佐助は「栽培植物と農耕の起源」で世界を4つの農耕文化圏に分類しています。

1)根裁農耕文化、2)サバンナ農耕文化、3)地中海農耕文化、4)新大陸農耕文化で、1)は要はイモ文化圏、2)はヒエやゴマが栽培されていたアフリカやインドがこれに当たり中国や日本の稲作は同じイネ科の植物を栽培していたインドから伝播したものです。
3)はオオムギ、コムギの文化圏で4)はジャガイモ、玉蜀黍、トマトなどの文化圏で、これがヨーロッパに伝わったものです。
さしずめ日本は縄文時代は労をせずして実るサトイモは重要な食料であり、1)根裁農耕文化圏に属し弥生時代水稲栽培が伝わってから2)サバンナ農耕文化に属したのでしょう。

農家のサトイモ畑を見ると、雑草除けのために植えてあるとしか思えません。