皇居、乾門通リのお花見

皇居乾門通リは、江戸城本丸と吹上御所の間の皇居の真ん中を突き抜ける道で、上皇陛下の傘寿の記念で平成27年から春季と秋季の2回解放されます。
解放期間は3月23日から31日までの1週間で、今年は桜の開花が大幅に遅れていますが、30日の土曜日今回初めて訪れました。

東京の桜の名所と言えば、真っ先に挙げられるのは上野公園、千鳥ヶ淵から靖国神社、飛鳥山公園、目黒川、江戸川公園などで、他の桜名所と同じくいずれもソメイヨシノの巨木が大半ですが、乾門通りの桜はめったに見ることのできない、珍しい品種が植えられています。

3月後半になって雨天や寒い日が続き、ウォーキングや外出はダウンを離せませんでしたが、皇居行の30日(土)は最高気温26度cの予報のため、どういうレイヤーで行ったら良いか迷いましたが、実際には薄いシャツに腕まくりの気温でした。翌日31日(日)朝、見沼の桜回廊の桜の開花を確認に行きましたが、昨日あれだけ気温が上がったのに、桜はまだ1~2分咲きでした。

考えてみれば、昔、桜は入学式のイメージが強く満開は4月7日頃でした。今年は気象庁の東京の桜の開花は、この日の靖国神社の桜で確認され、ようやく開花宣言が行われましたが、開花時期が昔に戻っただけです。

見沼の自然は、毎年梅、木蓮、桃、桜と開花が連続しますが、今年は梅、木蓮、桃が終わったのに、文字通リ桜回廊は真っ黒で間が抜けてしまいましたが、東京は桃がないので桜の開花が遅れても不自然な景観にはなりません。

東京駅構内は、異動の人、入学準備の人、観光客の人、外国人、近隣の遊山の人々など、東京駅に慣れていない人々で、普段の秩序も無くごった返しています。
そう一年に1度の異動や入学の新生活のスタートや、一年に1度の桜の季節日本を訪れた人々、そして花見を楽しもうと思う人々が、この小さな拠点で登り降りするため
エネルギーで満ち溢れています。

東京駅前から皇居に続く一直線の道は、各国の新任大使が、国家元首である天皇陛下に着任の挨拶に向かうため、馬車が通る道です。宮内庁HPを見ると、馬車の送迎は英国とスペインのみのため、新任大使たちは自動車より馬車を希望する人たちが多いようで、多分大使たちは一生の思い出に残るでしょう。

高校時代の旧友のKです。彼はボート部で活躍し水産大に進み、大手船会社の船乗りとして世界中の港で活躍し、湾岸戦争時30万トンクラスの超大型タンカーの一等航海士でホルムズ海峡を通って我が国を往復し、定年後もその馬力で船に関する仕事に携わっています。船の世界はグローバル化が一早く進行したため船上では、ほとんど英語の世界で生きてきました。
高校時代、不良の多い川口出身の大男で風貌もそれなりのため、ワルでは無いのに学年の誰もが彼をワルと認めていました。彼を有名にしたのは英語の教師が嫌いで、多分デリカシーが無く彼の誇りを傷つけたのでしょう、徹底的に英語を拒否していたため英語のKの名は全校中に轟いていました。たしか卒業式が終わっても学校に通っていたことは風の便りで聞きました。英語を徹底的に拒否したのに、科目数の多い国立の水産大に進学し、一生涯英語の世界で過ごしたことは不思議と云うより他はありません。彼は川口の出身中学で一番で卒業し高校に入学してきましたが、秀才が集まると言われた高校で英語を0点で通した並外れた意思の力は敬服に値します。
彼とは高校3年間席が隣で日常付き合って来ましたが、風貌や態度はワルのようですが、中身はとてもピュアなロマンチストでした。以前横浜に行った時、昔の日活映画の港のイメージにはマドロスとか出船とかドラの音がありましたが、今では全く無くなってしまったと話した際、彼曰く、昔そういうイメージがあったから自分は船乗りになったのだと恥ずかしそうに言っていました。彼は若い時のロマンを一生の職業にした稀有な例だと想います。

皇居前から入り口の坂下門に向かうために、脚が悪い人以外は大きく迂回して向かいます。久しぶりの暖かい春の日差しの元、観客もお巡りさんもお日様を一心に浴びて張り切っているようです。

坂下門です。彼とは皇居には本丸の天守台を訪れたことがありました。あれはコロナ前だったような気がします。そう考えてみれば彼とこうやって散策するのは、私が入院し退院後リハビリを行っていたので、コロナ後初めてのような気がします。

TVニュースでよく登場する宮内庁です。坂下門と宮内庁の間で、荷物検査と身体検査の2重の検問を受けました。

乾通リをそぞろ歩き始めました。アナウンスは立ち止まらず歩くことと放送していましたが、理にかなっています。歩いている人が急に道の真ん中で写真を撮りだしたら、そぞろ歩きは乱れます。自分の都合を控えて他の人迷惑をかけないことから秩序は生まれます。皇居を散策することは我が国における基本的な秩序に参加するということなのでしょう。

思い起こせば桜の名所での桜見物には、この秩序が欠かせません。思い出すと角館でも弘前城でも、京都の醍醐寺や仁和寺、南禅寺、或いは奈良の長谷寺や吉野でも、或いは上野公園や飛鳥山でも江戸川公園でもこの秩序は保たれてきました。保たれなかったのは嵯峨野の天龍寺や東京の目黒川でした。天龍寺は外国人が多く目黒川は若者が多かったためでしょうか。

桜は咲いていないことは入場前から分かっていましたが、そんなことはどうでもよいのです。普段見ることができない、この乾通リを散策することが楽しいのです。

初めて臨む江戸城本丸の石垣です。勝海舟が無血開城を交渉しましたが、この本丸の石垣を見ると新政府軍も渡りに船だったと想います。江戸城は熊本城より数倍広く堀と石垣は堅固で、持久戦となったら新政府軍の数問のアームストロング砲では攻城は困難で、幕府砲兵隊が本格的に本丸から反撃したら新政府軍の砲兵や歩兵はなすすべくありません。更に榎本艦隊が海上から新政府軍駐屯地に砲撃を加えたら新政府軍は壊滅してしまうでしょう。

これと全く同じシチュエーションが鳥羽伏見の戦いにも言えます。大阪城に幕軍と譜代大名軍が立てこもり、榎本艦隊が天保山沖から援護したら薩長の新政府軍は確実に敗北したでしょう。歴史はIFを嫌いますが、将軍が慶喜でなく井伊直弼が大老で、小栗上野介などの主戦派が大阪城にいて函館共和国のように土方歳三に権限を委譲し、武士隊と洋式幕府歩兵隊ともに連携したら、鳥羽伏見は勝利に終わり、その責任をとって西郷と大久保が切腹したら明治維新は成就しなかったでしょう。長州と岩倉、三条は再び七卿落ちとなったに違いありません。

枝垂れ桜に群がっていますが残念です。

道灌濠という自然な素敵な場所があります。

山吹が満開です。道潅濠の傍にあえて山吹を植えたのでしょうか。

皇居は広大です。右は皇居の東の江戸城の本丸と二の丸で独立した城址であり、間の乾通リに面した広大な濠は蓮池濠、乾濠と続きます。

初めてみる江戸城の遺構を眼にしながら歩いていると、つい現在の皇居でなく幕末の江戸城の城郭として見てしまいます。
各地の城址と比較しながら、江戸城の城郭として見るとその堅固さに眼を見張ります。先に触れたように幕末の兵がけん引できるアームストロング砲や歩兵山砲での攻城は不可能で、10隻以上の軍艦からの一斉砲撃を重ねても、守備兵が塹壕で守備したら中々落城しないでしょう。恐らく日露戦争で旅順要塞攻撃に使用した要塞砲の28㎝榴弾砲の連続射撃で戦意を創出させる他ないでしょう。その意味で西郷と勝の江戸城無血開城は、我が国の歴史上画期的な出来事だったと想

エドヒガン(江戸彼岸) その名の通リ、ソメイヨシノに先駆けてお彼岸時期に開花します。長寿な桜として名高く巨樹な桜になります。

カンヒサクラ(寒緋桜) 中国南部、台湾、沖縄に分布する野生の桜、気温の高い沖縄では気温の高い地域では栽培の難しいソメイヨシノの代わりにカンヒザクラを鑑賞します.

コシノヒガンザクラ(越の彼岸桜)越の国、富山県で発見された品種、

シキザクラ(四季桜) エドヒガンとマメザクラの雑種 秋の10月頃から開花するため四季の名が付けられました。

ジンダイアケボノ(神代曙) 神代植物園で生まれた交雑種

ベニシダレザクラ(紅枝垂れ桜)

ヨウコウ(陽光) 天城吉野と寒緋桜との交雑種

 

ヨウシュン(陽春)ソメイヨシノの突然変異種。

終点の乾門が近づいて来ました。

大勢の人々が乾門から出て来ます。人々は東京駅方面に向かう人は7割、北の丸公園方面には3割ぐらいに分かれます。

北の丸公園に入ります。旧近衛師団司令部です。以前見学したことがありますが内部は工芸館ですが、十分活用されているような感じがしません。近衛師団司令部なので活用が難しいのでしょうか。

千鳥ヶ淵です。桜はちっとも咲いていません。

桜が咲いていないため、静かな千鳥ヶ淵です。

東京都内はカラス駆除に積極的なためかどうか、小鳥に天敵がいないため、人間を恐れていません。我が家は薔薇庭で殺虫剤を使わないためシーズンは虫が多く、それにつれて小鳥もたくさんやってきますが、リビングの中からカメラを構えただけで、小鳥は危険を察して直ぐに飛び立ってしまいます。カラスが脅威なのでしょう。

武道館です。なにもイベントは行っていませんが、グッズ売り場は広がっています。

田安門を出て九段坂に出ます。

九段坂の桜は年季が入っています。

桜が咲いていないのでボートも空いています。

九段坂下の常燈明台です。明治4年、靖国神社を照らすために建てた灯台で江戸湾の船から燈が見えたそうです。明治元年は戊辰戦争中で、明治2年に東京遷都が行われ
明治4年に廃藩置県が行われ、この年岩倉使節団が欧米視察に出発しました。明治4年はまだガス灯も設置されていない頃で、皇居の周りは人家も無く真っ暗闇だったと想います。

靖国神社です。この日ここで気象庁による桜の開花が確認され、東京に桜開花宣言が発せられました。

後ろのビルも含めてリニューアルを終えた九段会館です。戦前の軍人会館で厳めしい戦前昭和を代表する帝冠様式の建築です。2,26事件の際は戒厳令司令部が置かれました。

九段下近くで遅い昼食を採り飯田橋方面に向かいました。途中明治神宮をお祀りした東京大神宮がありました。最近の神社は若い人のお詣りが目立ちます。

飯田橋駅近くのドトールでゆっくりと談笑し南北線に乗り彼は文京区のため後楽園で別れました。