26薔薇友訪問記、北本オープンガーデン浪井さんの庭

今年も北本オープンガーデンの皆様の庭を訪ねました。
北本市は埼玉県中央部に位置し、江戸時代の五街道の1つ江戸と京都を内陸で結ぶ旧中山道に面しており、古い宿場町の桶川宿と鴻巣宿の中間にあり、明治16年日本で最も早く開通した鉄道の1つ高崎線が開通しましたが、昭和3年になって初めて北本駅ができるまで、関東平野の埼玉特有の農村地帯でした。
しかし北本の街を走っていると市内の西の境の荒川は江戸時代初期までは入間川でしたが、この河岸段丘には現代人の私が観ても住みやすそうな地だなと想っていましたが、この地には縄文時代の5000年前~3800年前の関東最大級の環状集落のデーノタメ遺跡がありました。
古い桶川の街と鴻巣に挟まれた新興都市北本は人口6万4千人ですが、私の住むさいたま市は合併によって136万6千人の巨大都市になりましたが、私の小学生時代の旧浦和市は県都でありながら人口10万人の小さな街で、その記憶が今でも鮮明ななために、小都市の北本に物凄く親しみを感じています。
北本のオープンガーデンをみても、見学者は車の人もいますが、郊外の緑豊かな道をパンフを手にしながらハイク気分で回っている姿をよく見かけます。市内も緑豊かなためにオープンガーデン実施の庭と周囲の環境ととてもマッチしており、いわゆるオープンガーデンのためのオープンガーデンでない雰囲気が北本には感じられるのです。
これはオープンガーデンに長らく努力されて来た浪井さん、関口さん、そして藤田さんたちの花が好きで好きで溜まらない思想が反映されているのでしょう。
きたもとオープンガーデンのパンフでミニ植物園のような浪井邸と紹介されています。ハンギングバスケットを中心として様々な花がよくいらしてくださいましたという声が聞こえるような魅力的な花庭と紹介されています。
浪井さんは熱心なクリスチャンですが、昔から浪井さんの行動を見ていると、キリストの伝道に留まらず、花の使徒とも言えるのではないかと想っています。

浪井さんの庭に近づくと満開のレオナルド・ダ・ビンチが迎えてくれます。

もうかなり年季の入ったアンジェラやロココ、ピエール・ドゥ・ロンサールが迎えてくれます。

浪江さんの庭は多彩なためどこのシュチェーションから撮影するか迷います。門の周りの寄せ植え群です。圧倒的な迫力です。

やはり浪井さんの庭の特徴のボーダー花壇から撮り始めます。ボーダー花壇はやはりイングリッシュガーデンの基本ですが、日本の都市の住宅ではスペースや風通し、日照の問題でボーダー花壇が作れません。
ボーダー花壇とはイングリッシュガーデンで境界にそって帯状に長く花壇を構成する方法で、フェンスなど背の高い境界ぞいに、低木やランブラーローズ、高性種や中性種、低性種の宿根草を混色し、それぞれ季節の移り変わりを楽しむ花壇ですが、そのルーツは英国の郊外を見ると芝庭で羊が出ないように、延々とニワトコなどの低木や茨を植えた人工的な自然な柵のような気がします。この緑や花に溢れた柵の小さな植え込みはピーターラビットの住処になっています。
美しいボーダー花壇を維持することは手間暇がかかり何よりもコストがかかります。更にボーダー花壇が順調に推移するにはスペース、風通し、十分な日照が必需条件になります。

浪井さんの庭のフォーカルポイントは何んといってもこのボーダー花壇です。

ボーダー花壇を見ると、浪井さんの花に対する想いが良く伝わってきます。

ボーダー花壇は庭の奥まで続いています。

観た事の無い新しい植物を見つけると浪井さんに質問しますが、近年ではメモを取らないとすぐ忘れてしまいます。この赤い植物です。

浪井さんのボーダーには実にさまざまな花々が植えこまれています。中には傷んだものもあるでしょうから、交換したり入れ替えたりする美しく維持するメンテナンス技術は半端ではありません。

長い間ハンギング教会の講師をしている浪井さんのハンギングは年季が入っています。

浪井さんは多肉植物の大家でもあります。

花手水は行田が有名ですが、最初は寺で始めましたが、街を回って観ると市内の熱心な花屋さんが音頭を取っていることが分かります。花は伝播するのです。

これでもかという寄せ植えの数々です。

このブルーばかりのロベリアは40株の集合体です。市販されているすべてのブルーのロベリアを集めたそうです。

ユニークなサフィニア系の仕立てです。

このようなシックな寄せ植えも得意です。
