26オープンガーデン訪問記、北本、酒井さんの庭

北本オープンガーデンのパンフで酒井さんの庭は「雑木林を借景とする庭」とあり、周囲の環境に溶け込むナチュラルガーデンを目指しています。散歩の途中お立ち寄りくださいと紹介されています。
酒井さんの庭の訪問は今年で2回目で、昨年は、酒井さんが目の前の広大な北本の雑木林の管理を行っているNPO法人北本雑木林の会でご活躍されており、そのお話をうかがいながら、酒井さんのナチュラルガーデンを見せて頂き、改めて少数ですが、浪井さんや松崎さんたちが主導する北本オープンガーデンの活動が他地区のオープンガーデンに比して、極めて思想的な高みに位置し多彩な表情を持っていた事を知りました。
今年のオープンガーデンはユニークな大薔薇園の新井さんが亡くなり、北本の美しい自然と一体となった森田さんが不参加で、かってオープンガーデンをリードしていた藤田さんも多忙で公開しなくなっていますが、それでも新たに佐藤さん、昨年から平井さん、酒井さんのオープンガーデンを観させていただくと、北本の街特有の花や緑の自然に対する意識の高さに驚きます。さいたま市は文化都市を標榜していますが、北本の街のように花や緑の自然に対する文化度は感じられません。
私は以前は山や高原の落葉樹に憧れ、薔薇を始める前には狭い庭に好みの落葉樹を植えて楽しんで来ましたが、近年では日本列島の関東以西の自然林である鎮守の森のクスノキやタブノキ、シイノキなど常緑広葉樹の林に興味を抱いています。見沼用水の斜面林はこれら鎮守の森を構成した常緑広葉樹林が連なっていましたが、徐々に切られて行っています。
北本オープンガーデンの冒頭で触れましたが、北本の街は私の小学生時代の旧浦和市に雰囲気が似ているなと感じます。当時の旧浦和の街はゴミ一つ転がっていないクリーンな街で、江戸時代から自治が発達していて住民同士は仲が良く、戦後県庁の大火災があったにかかわらず、中央消防署には消防車が3台しかなく、各地区の住民の消防分団の活動に委ねられていました。小学校にプールを作るにも住民の寄付によりつくられ、学校はPTAとは別に学校費用の金銭を集める後援会組織が発達していました。
北本市の実態は分かりませんが、北本駅の掲示板を観ると市民の文化活動が活発で、酒井さんが活動する北本雑木林の会の活動をうかがうにつけ、北本オープンガーデンの多彩さの秘密が解るような気がします。

酒井さんのお宅の前は交通の少ない道路を隔てて北本の雑木林が広がっています。

雑木林の大半は江戸時代の人々が暮らしのために採取する薪炭や堆肥の落葉を採集する人工林の里山ですが、樹々の花々、新緑、紅葉、実など季節ごとに様々な美しさを見せてきました。江戸時代男の着物の色で48茶100鼠とうたわれたように、微妙な色を感じる美意識は、雑木林を初めとする山野の季節の微妙な色に接してきたからだと言われています。

NPO法人北本雑木林の会の新聞ですが、ここに北本市教育員会文化保護課の方の文が掲載されていますが、「人と林との共生は、縄文時代以来1万年以上も続いてきた関係で、それをここ数十年で手放してよいものかどうか、私たちは大きな岐路に立たされるといえる。」と記しています。
縄文時代、縄文人たちが愛した巨大なデーノタメ遺跡が存在する北本故の重みがある言葉です。さいたま市も6000年前の縄文海進時、縄文人が愛した見沼田んぼがあります。

酒井さんの玄関まわりです。

酒井さんの庭は、対岸の雑木林と一体となっているように感じます。

酒井さんの庭のまさに林です。

花もカラーを抑えて野に咲くような花々をイメージしています。

この光景を見ると酒井さんは相当グリーンがお好きなようです。

さりげなさも中々です。

短いアプローチでも茶庭の無限のアプローチを感じます。緑の使い方が上手なのでしょう。

さりげない植え込みです。酒井さんの庭の特徴がよく表現されています。

