薔薇と自然、お盆
今年もお盆がやってきました。
お盆は30ス年前、両親が亡くなり我が家に仏壇と位牌を祀った時から、私にとって欠かせない行事になっています。
お盆は通常8月13日から15日の期間ですが、我が家のお迎えは12日にお寺で法要を行ってお迎えし、送りはお寺のお施餓鬼の16日に合わせて行って来ました。
今年は私が退院後の手術の痛みで身体が自由でない時に、家内が突然半月板損傷で足が痛み、12日の法要もやっとの事で参加しました。
私の入院や手術の事で、しかも家内まで具合が悪くなりご住職や奥様に大分ご心配をおかけしてしまいました。
でもアクシデントが重なっても、これは仏様が私に命じた務めであり、仏様のご加護があるから、決して悪くならないと信じているため、気が少しも暗くなりません。
この世は人間の想像に及ばない境地や場面が生じます。その人智を超えた場所におわすのが神や仏であり人々はその信仰で生きて来たのでしょう。私も両親の死をきっかけに
お寺と関りを持ち、ご住職や奥様の深い人間性に打たれ仏に帰依してきました。この事を振り返ると偶然でなく必然であり、あの世の両親が私を導いたとしか考えられません。
仏教は人に落ち着きを与えてくれる宗教というか哲学のような気がします。

成就院は浦和の街のど真ん中にあります。
8月12日、お迎え

名物の大イチョウです。

本堂で先祖の供養を行っていただきます。(法要を撮影をすることはめったにありません。これは昔撮影したものです)

お墓の周りはビル群に囲まれてきました。

明日からお盆ですが、12日辺りから迎えの人たちが来ています。お墓の花は家内の菜園での手づくりです。
8月16日 お施餓鬼

今年のお施餓鬼は少し涼しくて助かりました。妹親子がいました。

成就院の駐車場は狭いため、人々は近くのパーキングに駐車します。

本堂の法要が終わりご住職がお施餓鬼の祭壇に向い、餓鬼たちを供養します。

恵まれない餓鬼たちを供養するための塔婆で、ご住職が塔婆に供養の祈りを込めます。

延々と塔婆に供養の祈りを込めて行きます。

塔婆供養が終わられたご住職は本堂に戻ります。

これで施餓鬼絵は終了しました。成就院の施餓鬼絵は主寺の玉蔵院の関連寺(末寺)のご住職、副住職様たちが一同に会して行います。
本堂からご住職様たちが退出してきました。先頭は玉蔵院ご住職で、成就院ご住職の長男です。

続いて白幡の医王寺、辻の和光院、別所の真福寺のご住職や副住職が続きます。いずれの寺院も平安期、室町南北朝期建立の古刹ばかりです。

ご住職、副住職が続きます。

夏なので袈裟の色は統一しているようです。

昔からお見掛けしている尊顔です。

成就院副住職がご住職の先導を務めます。

ご住職が退出しました。

成就院ご住職と副住職による無縁仏の読経と共同墓地の読経を行います。ここには姉夫婦が入っています。
この後妹親子と私の大好きな蕎麦屋さんで食事をし浦和の街のコーヒーハウスで久々旧交を温めました。甥もすっかり正統的なビジネスマンになり、娘も成績が良さそうで安心しました。甥は浦和の歴史が知りたいと嬉しい事を言ってくれるので、得意になって話しました。でも城下町だった明快な歴史がありますが、単なる小さな宿場町では歴史を残すしくみがないので、多くの人たちは歴史を教えられないまま過ごしてきました。
自己のアイデンティテイを確認するには自己のルーツが絶対に必要となります。自己のルーツを知らないと根無し草になり、自己のアイデンティティの確認はできずらくなります。なぜならアイデンティティは子供の時から培ってくるためで、幼少体験や故郷の風土体験が、往々にしてアイデンテイティの核になることがあるのです。
その意味で久しぶりに会った甥に頼もしさを感じました。
