薔薇と自然のエッセイ、古来の花
薔薇の花期は初夏から7月初旬位まで、薔薇の品種を揃えると楽しむことができますが、夏は花期は3日かくらいで秋は初夏に比べると冴えません。勢い薔薇の記事は冬の剪定とか春の開花、病害虫のことで、毎年記事は同じです。ですから薔薇のブログを1年間続けることは容易ではありません。
登山や旅や歴史紀行を加えてブログを継続していますが、体調を悪くして出かけられなくなった今、それも記事にすることはできません。また闘病記もそれなりに興味がある人もおられると想いますが、多くの薔薇好きの人たちは、病気は好きでありません。なぜなら自分が病気になり薔薇の面倒を見られなくなると薔薇は死ぬからです。
薔薇フアンは薔薇ぐらい面倒を見られるように、自身の健康管理に取り組んでおり、私のように突然病魔に襲われても何とか回復するまで、毎日の水やりなど最低限行っています。
しかし毎日の水やり作業で、薔薇だけを面倒見ている訳ではありません。私の家の庭にも今花が咲いている植物は下記の通リあり、これらの草花にも水やりが欠かせません。
これらの草花は、花柄積みが必要ないのと、花期が長いのと比較的茎が長いため仏花に適しています。
一部の薔薇の原種を除いて、薔薇は我が国に導入されてから100年も経っていない、いわば最後発の品種で未だ土着化が進んでいません。私は40年近いガーデニング経験の中で、いつも新しい草花を植える場合原産地を見ていました。これはサモエド犬という現存している一番古い系統の犬を飼った時から、歴史や改良が進んでも原産地の性格は免れられないことを理解しました。植物の場合はハーブのように夏乾燥地帯に育つ植物と、冬乾燥地帯に育つ植物では真逆の対応になります。薔薇はユーラシア西部の乾燥地帯が原産のため、夏季の高温多湿が苦手です。
そういう中で1000年や1500年前から日本で栽培されている植物は、多くは宿根草になり容易に枯れることはありません。しかし古い植物は楚々としているがゆえに華やかさに欠ける恨みがあります。ガーデニングは2000年も続く植物栽培の歴史の中で、ほんの60~70年参加する行為です。栽培しなくても古来先人たちが描いていた心に一瞬でも触れることによって、歴史認識がえあられるのです。
今現在我が家で花が咲いている草花









我が家は元々庭木と草花中心の庭でした。そこに薔薇が入って来て、最初に行ったのは長いランブラーローズを下立てるために庭木を大型の薔薇に入れ替えた事です。更に薔薇を増やしていった後、庭植えと鉢植えと分けました。その頃になると草花の寄せ植えなど大分少なくなり、薔薇に傾斜して行きました。
しかし私は自然の風景が好きで、庭を花で埋めるようなことは行って来ませんでした。自然の風景の美しいのは緑が美しいので、あくまで緑の中に花があるという基準を崩さず、花の間に緑があるアンジェラなどの薔薇には手を出しませんでした。
薔薇に燃えている時は新しい品種や自分が手掛けていないジャンルの薔薇に眼が行き、一生懸命そだてましたが、やがて薔薇の概念が自分なりに理解してくると、改めて自分の自然の理想郷をできるだけ、庭に表現するように努めるようになると、自然に庭は華やかではなくなりました。
これは当然のことで華やかな庭は桜のピ-クと紅葉の盛りしかありません。後は冬を除いて楚々した緑の葉を風にそよがせる庭に終始します。
古来梅や桃、桜は花見、山見の原点で尊ばれてきました。山見の風習は古代の水源の宗教にかかわることなので別な機会に触れます。
万葉集で数多く謡われた山辺の道

山辺の道
手元に、万葉集の花の研究者松田修氏による万葉花譜上下2巻がありますが、この書によると、万葉集は20巻、計4,500首が収録されていますが、4,500首の作家は520~530人程で、貴族以外、農民、海女、防人など無名の作家も多く、作家の半数の200人ほどが花や植物を詠んでおり、万葉時代当時から、花や植物がことさら一部の人の貴族趣味でなく、広く民衆に親しまれていたことが判ります。著書ではさらに万葉集に現れた花とその数を挙げています。
カッコ内の数は万葉集4500種の中で挙げられていた植物です。
萩(141、)梅(118)、橘(68)、ススキ(46)、桜(40)、紅「クレナイ」(29)、藤(27)、撫子「ナデシコ」(26)、卯の花「ウノハナ」(24、)、葛「クズ」(18)、山吹(17)、女郎花「オミナエシ」、(14)馬酔木「アセビ」(10)、ツツジ(10)、椿(9)
古代の原点飛鳥

万葉集で詠まれた植物の中で、萩と梅が圧倒的に多く、次いでハイカラな外来植物の橘(みかん)が続きます。紅「クレナイ」はベニバナの事で、これも染料として呉の国からの外来植物です。また今ではあまり注目されない馬酔木(アセビ)は万葉人に好まれていたようです。さらに数は少ないのですが、日本原産のノイバラは棘を表すウマラという名で詠まれ、同じく日本原産の百合、ヤブカンゾウ、ヒメユリ、などに加え、鶏頭「ケイトウ」、紫陽花「アジサイ」、ハマユウ、カキツバタ、露草「ツユクサ」、桔梗、すみれ、桃、カタクリ、よめな、なども詠まれています。これらの植物を見ると、今でも私たちが普通に愛好しているものばかりです。
自然な風景を維持する唐招提寺
唐招提寺は奈良の寺院の中でも地面を砂利で処理せずに自然の植栽を味わえる寺院です。

今でも私たちに秋を最も感じさせてくれる七草。和歌という情報が伴うことでイメージが増幅する。
万葉集には秋の草花を詠った山上憶良の有名な和歌があります。
秋の野に咲きたる花を指折り かき数ふれば七草の花
萩の花尾花葛花撫子の花女郎花また藤袴朝貌の花
山上憶良が詠み、今でも秋の七草として親しまれている植物は、萩、尾花(ススキ)、葛の花、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、桔梗です。これらの植物を列記しただけで、目の前に秋の風景が漂ってくるのです。万葉人たちは、春は花木の花を見て命の燃え出ずるを感じ、秋は野の花を見て季節の移ろいに心奪われていたようです。私たちの季節における花の基本的な感性も、万葉時代から長い時間を経て受け継がれてきています。このような植物が美しいと感ずる心が、私たちの美の意識の伝統になっているのでしょう。
唐招提寺で萩を見つけた。

万葉人にとってはまた、植物や花は鑑賞だけでなく実用にも使われてきました。萩が多いのは茜「アカネ」、紫、鶏頭、紅花、露草、カキツバタなどと同じく染料に使われており、葛、藤は麻やコウゾの繊維による織物と共にその繊維で租布を織っていました。また葛やカタクリは澱粉に、桔梗、菖蒲、葛、萩、藤袴「フジバカマ」、紫、ヨモギは薬に使われてきました。当然花が咲く果樹は、大事にされてきました。
梅や桃、桜、椿、藤のように木全体に多量に花を咲かせる花木の花に比べて、野の花は小花が多く、楚々とした花ばかりで、今日のように空間を圧倒的に花で埋めるような派手な品種はなく、平安時代の古今、新古今集に掲載された花を見ても、万葉時代とそれほど変わっていません。これら万葉時代からの日本原産の植物に加えて、気候風土も余り変わらない東アジア原産の古来の外来植物は、木々や宿根草になって長きに渡り日本の国土に土着して、私たちが栽培する上で、最も信頼性の高い植物になっています。
ここでなぜ唐招提寺を紹介し萩の画像を掲載したかというと、現在猪の花札に乗っている私の勘違いかもしれませんが萩が日本中で見られなくなっています。HCなどで6月に花付きのミヤギノハギが売られていますが、秋はほとんど見かけません。この秋遅く訪れた唐招提寺の萩にはとっても嬉しくなりました。

我が家にも山萩を1本植えています。枝の成長が早く暴れるので、少し前に花付きの枝を整理してしまいました。また咲くでしょう。
鬼灯はお盆の名残でまだ痛んでいないので飾っています。
